【ALEXANDROS】ハナウタの歌詞の意味とは何か推察していく

へろへろ、どうも。

 

今回東京メトロのCMで[ALEXANDROS]の新曲「ハナウタ」が流れています。

 

この「ハナウタ」は最果タヒさんが作詞をしているようですがこの「ハナウタ」にはどういう意味が込められているのでしょうか?

 

これから「ハナウタ」の歌詞の意味を推察していこうと思います。

 

 


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東京メトロのCM

石原さとみさんが出演している東京メトロのCMです。

 

youtu.be

浅草のいろんな楽しめるところが紹介されています。

[ALEXANROS]の皆さんも出演していますね。

 

このCMの裏でながれる「ハナウタ」は聴いていると綺麗めな感じの歌です。

 

では次にこの「ハナウタ」の歌詞と基本的な情報についてです。

 

 

[ALEXANDROS]「ハナウタ」の歌詞 

「ハナウタ」の歌詞です。

CMで聞き取れた範囲で書いています。

 

夜空を引き裂いた春も

僕には触れてこなくて

幻のように咲いたバラ

痛みだけが指に触れ

 

愛しさばかり打ち寄せ

誰にも触れたくないのに

一人きり生きる瞳に

止むことのない波の音

 

光の中に恋をしている

孤独はきっとそういうもの

緑、破れた日陰に

滲む、夜の焼け跡

 

走るメトロの振動で

僕の輪郭ぼやけて

愛が溶け出すように

揺れる 、僕だけの朝

 

さみしさとともに訪れる
やさしさがぼくに染みつく
いつかは全てが消えると
ぼくのためにくりかえす

ひかりのなかに恋をしてる
孤独はきっと、そういうもの
緑、静まる浅瀬の海に、足を浸して
走るメトロの振動で、愛の輪郭ぼやけて
街へ、ながれるように揺れる、ぼくだけの春

影、桃色の空と
朝焼けの海、波、まばたき
灯りつづける 生まれた日の朝日
息をするたび ふかく染まって

きみに触れるたび しみるさみしさは
ぼくのやさしさも 連れて消えてゆく
いつか、孤独のまま愛を許すこと
こんなぼくらにも、できるのだろうか

沖へと流れる静寂
誰ひとりいない砂浜
呼ばれることなどない名前
やむことのない波音

ひかりのなかに恋をしてる
孤独はきっと、そういうもの
緑、ふちどる夜明けの風に、すべてを預けて
走るメトロの振動で、ぼくの孤独がぼやけて
空へ、重なるように響く、ぼくだけの街

きみに触れるたび 満ちたむなしさは
愛に変わらずに 溶けて消えてゆく
いつか、孤独のまま愛を許すこと
きみのさみしさを ぼくは愛せるか

ひかりのなかに恋をしてる
孤独はきっと、そういうもの
愛が、とけだすように揺れる、ぼくだけの朝

 

作詞 最果 タヒ

作曲 川上 洋平

アレンジ 小林 武史 

 


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歌詞の意味の推察

1,「春」なのに「春ではない」

 

夜空を引き裂いた春も

僕には触れてはこなくて

幻のように咲いたバラ

痛みだけが指に触れ

 

夜の時間が冬から春になると短くなるので短くなることを引き裂いたと表現しているのだと思います。

日本の四季の中で夜空が一番長く綺麗に見えるのは冬です。

しかし、春になるにつれて日の出の時間は早くなり、日の入りは遅くなってくるので必然的に夜は短くなります。

よってこの歌詞の中では「今」は「春」なのだと思います。

 

 

次にこの引き裂いた春が僕には触れてこない、とあります。

春を感じることができないということは

なんらかの原因によって「僕」は未だに心情的には「冬」になってしまっているのだと思います。

この「冬」は寂しさとか冷たさ、別れを表現しているのではないでしょうか?

よって実際は「春」の季節だけれでも心情的には「冬」のままでいるのだと思います。

 

 

幻のように咲いた薔薇についてです。

薔薇の開花時期は春と秋だそうです。

この詩の中での季節は「春」なので薔薇が咲くのは自然ですが「幻」と表現しているのは「僕」の心が「冬」のままで、春をではなく「冬」なのに薔薇が咲くことが不自然なので「幻」と表現しているのだと思います。

 

 痛みだけが指に触れるというのはなんなのでしょうか?

痛いことがあると嫌な気持ちになりますよね。

この痛みは「春」なのに心が「冬」のままでいる「なんらかの原因」を指しているのではないでしょうか?

この「なんらかの原因」は嫌なことだと思います。

薔薇を手に取るときに棘が指に刺さってしまう情景を想像してしまいます。

 

 

 まとめ

実際には「春」の季節なのに「春」を感じることができない、つまり「僕」の心は春の前の季節である「冬」である。

心が「冬」なのにバラが咲いたので「幻」だと思ってしまっている。

「春」なのに心が「冬」のままでいるのはなんらかの「嫌な事」が原因である。

 

 

 

2, 愛しさと寂しさを求める感情

愛しさばかり打ち寄せ

誰にも触れたくないのに

一人きり生きる瞳に

止むことのない波の音

 

愛しさばかりが打ち寄せるというのは、誰かに対して愛しさを感じていること、この愛しさを感じている対象は「家族や友人、片思いをしている人などの大切な人」 のことだと思います。

 

しかしながら「誰にも触れたくない」とは自分の気持ちのことなので言い換えれば「自分から関わりたくない」

 

一人きり生きる瞳に止むことのない波の音とは人間関係が嫌になって一人でいることを選んだにも関わらず、「愛しさの波」は絶え間なく続いている。

 

 

つまり、「大切な人」への愛情はあるにも関わらず、人間関係を築くことが怖いので自分から積極的に「大切な人」と関わりたくない。

関わりたくないけど、「大切な人」への愛情は変わらずにずっとあるんだよという矛盾した感情を表現しているのだと思います。

 

ポイント1で心情的には「冬」だと表現しましたが、この「冬」とは一人ぼっちのこと、一人の寂しさ、孤独感なのではないでしょうか。

反対に「春」は「大切な人」と関わり、一緒の時間を過ごすことだと思います。

 

 

 

ポイント2 まとめ

「大切な人」への愛しさがあるにも関わらず「大切な人」へ愛しさを表現したくない。

一人でいることを選んだにも関わらず「大切な人」への愛しさを思ってしまう矛盾した感情についての詩だと思います。

 

 


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3, 孤独とは「陰」から「光」を想うこと

光の中に恋をしている

孤独はきっとそういうもの

緑が溢れた日陰に

満ちる夜の焼け跡

 

光は、陰があるからこそ、明るく光として見る事ができます。

光に溢れているところにいると、光がある事が普通になってしまい、光の価値が落ちてしまうと思うんです。

 

光の中に恋をするという事は光に対して特別な感情を抱いている事になります。

ということは常に、光の中にいるのではなく、今現在、「陰」のところにいる からこそ恋をすることができるのだと思います。

 

この「陰」から「光」を見つめる事が「孤独」だと言っています。

では、ここでの「光」とは何のことなのでしょうか?

「光」とは ポイント2で解説している「大切な人への愛」の事だと思います。

「光(大切な人)」のことを「陰」から想うことが「孤独」なんだよと言っているのだと思います。

 

緑があふれた日陰とは、「今」現在が春なので多くの植物が生い茂るわけですが、その春を言い換えた言葉だと思います。

そして、日陰ができるという事は日光が出ているので「今」は日中になります。

「光」を植物が遮るので「日陰」ができる。

 

ここでできる日陰が「孤独」になるために必要な「陰」なのだと思います。

 

一番最初に出てきた歌詞で春は夜空を引き裂いたとありますが 「光」によってできた「緑の陰」が引き裂いた夜の代わりの「陰」なんじゃないのかと思います。

 

 

ポイント3 まとめ

「陰」から「光」を想うことが「孤独」であり、「光」とは「大切な人」のこと

 

 

 

ポイント4

走るメトロの振動で

僕の輪郭ぼやけて

愛が溶け出すように

揺れる 、僕だけの朝

東京メトロのCMの曲だけあって「メトロ」という言葉が出てきましたね。

 

通勤中の電車の中の様子なのでしょうか?

電車の中での揺れが「波」のようになり、ポイント2で説明しているように「波」は「愛しさ」のことなので愛が溶け出すように揺れているのだと表現していると思います。

 

 

 

 

終わりに

「ハナウタ」は「孤独を求める気持ち」と「大切な人への愛」の2つの感情についての歌だと思いました。

 

「孤独」でいるからこそ、「大切な人への愛」がより増し本当の気持ちになるのだと思います。

 

昨今の世の中はSNSの発達により人間関係が表面化していると思います。

そんな中で深い人間関係を気づくには「孤独」になることも必要であると思います。

 

ぜひ、「ハナウタ」歌詞に注目して聞いてください!!

 

 

 

ワタリドリの歌詞についてはこちら

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Famous Day についてはこちら

 

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